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山県大弐の墓(県指定文化財(史跡)) バナー
 
山県大弐の墓
 
メモ
山県大弐やまがただいにはか (県指定文化財けんしていぶんかざい

 山県大弐やまがただいに山梨県やまなしけんまれの思想家しそうかで、1759ねん宝暦ほうれき9年)に「柳子新論りゅうししんろん」で尊王論そんのうろん幕府ばくふ批判ひはん、これが幕府からとがめられて、1767年(明和めいわ4年)に処刑しょけいされました。根小屋ねごや出身しゅっしん園部文之進いそべぶんのしんという門下生もんかせいがそのさらされていたくびうばって、郷里きょうり根小屋の自宅墓地じたくぼち埋葬まいそうしたといわれています。明治めいじになって現在げんざい泰寧寺たいねいじ改葬かいそうされました。
メモ
山県大弐の墓(県指定文化財(史跡))

   所在地:石岡市根小屋779
   指定年月日:昭和10年11月26日

 山県大弐は山梨県生まれで、1759年(宝暦9年)に「柳子新論」で尊王論を説き幕府を批判、そのため捕らえられて1767年(明和4年)小塚原にて処刑された。門下生園部文之進がその晒されていた首を奪って逃走、郷里根小屋の自宅墓地に埋葬したといわれている。
 明治になって現在の泰寧寺に改葬され、明治24年に正四位が贈られた。
( 登録No.064/04.11.26 3版/10.01.21 )