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柿岡城址 (市指定有形文化財(史跡)) バナー
 
柿岡城址
 
案内板
柿岡城址 (市指定有形文化財(史跡))

   所在地:石岡市柿岡
   指定年月日:昭和47年4月19日

 柿岡の西南館地内の高台にある。三方を田園にかこまれ、西北の一線が善慶寺を境として町家に接し残塁空壕四辺をめぐってその間に民家が軒をつらねている。源頼朝が幕府を開いたころ、常陸守護職に補された八田知家がその子小田時知(時家ともいう)ここにおいたといわれ、それからのち代々柿岡家を称え、東西三キロの片野城とともにこの地方を支配していた。戦国末期には、梶原美濃守政景の居城となったが、天正元年小田天庵氏治が太田三楽父子に攻められて敗退するや、柿岡城には真壁房幹が入った。文禄四年(1595年)の秋から長倉義興が居住すること六年、慶長五年(1600年)に急死した。その後国分盛重に代わったが、徳川になってから後、九州柳川立花氏の領地となり、稲葉正勝の領地を経て徳川氏の直領として代官の支配となり、明治維新まで続いた。

      石岡市教育委員会
( 登録No.107/07.04.18 )